靖国神社参拝
母が一度靖国神社に行ってみたいと言うので、神楽坂から歩いて行ってみました。
道は一本だし20分くらいで着きます。
『日本人たるもの一度は靖国神社を参拝しないといけない』と言われますが、戦後生まれが多くなっている現代は、だんだん思想もかわってきているんでしょうね。
私は二度目ですが、初めて行った時は正直普通の神社だと思って気軽に行きました。
それにしては警備員がいたりしてものものしい雰囲気だし、参拝の時上半身を直角に曲げて礼をする人がいたり、零戦があったり戦車があったりで、普通の神社じゃな〜い!!と分かったのです。その時小泉さんが行った意味が初めて分かりました。
まさに、今更ジローです。マ、マズい・・まじめに語ろうと思っていたのにまたふざけてしまった。
しかも、ギャグが古いし。
写真・左 大きい鳥居は三つあるんですが、実に大きい。
写真・右 遊就館。戦争についての資料館です。
戦争資料や歴史などの説明、遺品、遺言などが展示してあります。
社会の歴史の勉強はここに来れば一目瞭然。勉強するにはもってこいの場所です。


写真・左 これは後半に展示してあるもの。戦車。
写真・右 潜水艦に積む人間魚雷「回天」。大きく見えますがこれを潜水艦にいくつも積んで潜ります。魚雷には人間が一人乗って敵にツッコミます。もちろん自爆。


写真・左 薄っっ!!ヘルメット薄っっ!!
写真・右 大砲。反射炉で作っていた様です。


写真・左 機関車。
写真・右 丁度菊の時期なので飾ってありました。


資料館を見て印象に残った事をいくつか書きます。
始めに「武人のこころ」という展示がある。そこに『死んでこそ意味がある命』(はっきりした文章は忘れた。こんな意味の言葉。)が書かれていたのを見て、いきなり衝撃をうけた。
全体を通して思ったのが、やはりマインドコントロールの恐ろしさ。報道や周囲の言葉、行動いわゆる戦争がだんだん頭を麻痺させてしまう。
戦争の資料と聞いて第二次世界大戦の事かと思ったら、日本で起きた全ての戦争に関する事が展示、説明してあった。戦国時代に関する事も勉強になった。(鎧や刀の展示など)その後、明治維新へとつづく。
千人針を初めて見た。日の丸に『必勝』と書いてあるのを見て、これはそういえば戦争からきたのか・・。
洋服に関しては、軍服が小さいのに驚く。小柄だったんだなぁと改めて思う。海軍の軍服にはコード刺繍がしてあるのですが、それが見事だった。着物の文化のせいか外国の軍服とは違うと思った。
実際に遺書や写真を目の当りにすると、この平和ボケしている日本人がおかしく思える。自殺したくなった人はここへ来ると良い。生きたくても生きられなかった人達の遺影を見る事だ。
今、日本は報道も自由で教育も平等に行われている様に錯覚するが、北朝鮮の報道や学校教育を笑えないと思った。
戦後の間違った学校教育は『日本が戦争を始めた。日本が悪かった。』と教えられた。それはやはり仕向けられた(学校の先生自体も)事だったと確信した。
アメリカ人はほとんどがキリスト教徒だと思うが、平和を願っているわりには戦争が好きなのは何故か分からない。ほとんどの宗教は平和を願っていると思う。それなのに何故争いがおこるのか?
オバマ大統領になった今、今後どうなるのか見守りたい。
最後に、祖母の弟で戦争に行った人がいるのでその話を書こうと思う。
そのおじさんは通信兵だった。(モールス信号を送る係)おじさんは電電公社に勤めていた為、モールス信号が分ったから良いのだが、あんなツーツーツーツツ・・ツーツーツツツ・・・とかいうのを覚えられる人ばかりではなく、「トント分からぬトンツーの文字」と書き残して自殺していた人もいたそうだ。
私が何故知っているかと言うと、おじさんは文章を書くのが好きで戦争手記を書いた。その本が親戚に配られたのだ。
初め祖母が読んでいたのだが、大爆笑しながら読んでいたので「は!?何で戦争の話で爆笑!?」と思って私も少し読んでみたのだが、どうにも、うちの家系というのは真剣味が無いというか、戦争手記もおもしろく書いてしまう傾向にあるようだ。
(もちろん真面目な人だか・・)
もともとユニークな人で、子供の頃「おじさん誰?」と聞くと、「おじさんはスッパマンだよ!梅干し食べてスッパマン!」(アラレちゃんの登場人物の事)とか言う人だった。
道は一本だし20分くらいで着きます。

『日本人たるもの一度は靖国神社を参拝しないといけない』と言われますが、戦後生まれが多くなっている現代は、だんだん思想もかわってきているんでしょうね。
私は二度目ですが、初めて行った時は正直普通の神社だと思って気軽に行きました。
それにしては警備員がいたりしてものものしい雰囲気だし、参拝の時上半身を直角に曲げて礼をする人がいたり、零戦があったり戦車があったりで、普通の神社じゃな〜い!!と分かったのです。その時小泉さんが行った意味が初めて分かりました。
まさに、今更ジローです。マ、マズい・・まじめに語ろうと思っていたのにまたふざけてしまった。
しかも、ギャグが古いし。

写真・左 大きい鳥居は三つあるんですが、実に大きい。
写真・右 遊就館。戦争についての資料館です。
戦争資料や歴史などの説明、遺品、遺言などが展示してあります。
社会の歴史の勉強はここに来れば一目瞭然。勉強するにはもってこいの場所です。


写真・左 これは後半に展示してあるもの。戦車。
写真・右 潜水艦に積む人間魚雷「回天」。大きく見えますがこれを潜水艦にいくつも積んで潜ります。魚雷には人間が一人乗って敵にツッコミます。もちろん自爆。


写真・左 薄っっ!!ヘルメット薄っっ!!
写真・右 大砲。反射炉で作っていた様です。


写真・左 機関車。
写真・右 丁度菊の時期なので飾ってありました。


資料館を見て印象に残った事をいくつか書きます。
始めに「武人のこころ」という展示がある。そこに『死んでこそ意味がある命』(はっきりした文章は忘れた。こんな意味の言葉。)が書かれていたのを見て、いきなり衝撃をうけた。
全体を通して思ったのが、やはりマインドコントロールの恐ろしさ。報道や周囲の言葉、行動いわゆる戦争がだんだん頭を麻痺させてしまう。
戦争の資料と聞いて第二次世界大戦の事かと思ったら、日本で起きた全ての戦争に関する事が展示、説明してあった。戦国時代に関する事も勉強になった。(鎧や刀の展示など)その後、明治維新へとつづく。
千人針を初めて見た。日の丸に『必勝』と書いてあるのを見て、これはそういえば戦争からきたのか・・。
洋服に関しては、軍服が小さいのに驚く。小柄だったんだなぁと改めて思う。海軍の軍服にはコード刺繍がしてあるのですが、それが見事だった。着物の文化のせいか外国の軍服とは違うと思った。
実際に遺書や写真を目の当りにすると、この平和ボケしている日本人がおかしく思える。自殺したくなった人はここへ来ると良い。生きたくても生きられなかった人達の遺影を見る事だ。
今、日本は報道も自由で教育も平等に行われている様に錯覚するが、北朝鮮の報道や学校教育を笑えないと思った。
戦後の間違った学校教育は『日本が戦争を始めた。日本が悪かった。』と教えられた。それはやはり仕向けられた(学校の先生自体も)事だったと確信した。
アメリカ人はほとんどがキリスト教徒だと思うが、平和を願っているわりには戦争が好きなのは何故か分からない。ほとんどの宗教は平和を願っていると思う。それなのに何故争いがおこるのか?
オバマ大統領になった今、今後どうなるのか見守りたい。
最後に、祖母の弟で戦争に行った人がいるのでその話を書こうと思う。

そのおじさんは通信兵だった。(モールス信号を送る係)おじさんは電電公社に勤めていた為、モールス信号が分ったから良いのだが、あんなツーツーツーツツ・・ツーツーツツツ・・・とかいうのを覚えられる人ばかりではなく、「トント分からぬトンツーの文字」と書き残して自殺していた人もいたそうだ。
私が何故知っているかと言うと、おじさんは文章を書くのが好きで戦争手記を書いた。その本が親戚に配られたのだ。
初め祖母が読んでいたのだが、大爆笑しながら読んでいたので「は!?何で戦争の話で爆笑!?」と思って私も少し読んでみたのだが、どうにも、うちの家系というのは真剣味が無いというか、戦争手記もおもしろく書いてしまう傾向にあるようだ。
(もちろん真面目な人だか・・)
もともとユニークな人で、子供の頃「おじさん誰?」と聞くと、「おじさんはスッパマンだよ!梅干し食べてスッパマン!」(アラレちゃんの登場人物の事)とか言う人だった。








。ウインドウディスプレイの鳩時計は周りのディスプレイもかなり凝っていて面白かったです。時計だけではなく周囲とのデザインの調和も楽しめて、かえって時計より気になったりしました。
向かいのビルの写り込みがかなり激しいです・・
・・丸井のマークとか思いっきり見えるし・・が、まあ、こうゆう写真もありかな?賑やかな都会の夜の雰囲気が伝わる要素としては・・。












ってお弁当にちょこっとあると彩りも良いしスペースもかせげるし便利じゃないですか?それが使えないのがちょっと残念です。








って感じなので、先日のNHKで放送した電気グルーヴの感想でも書こうと思います。





としました。(まあ、実際その通りなんだけど。)




(その回によって違います。)
との事。
ニクいお方









