「待ってくれ、洋子」長門 裕之
私は高校で福祉科という科を出た。
今ではけっこう普通になってきているのだろうか?その頃は県内でもそこしか無く、全国的に見てもまれだった。
私が小学校の頃、祖母が病気をした。中耳炎の膿が脳にまわり髄膜炎になった。
始めの頃は病院に行っても何だか分からなかった為、日に日におかしくなっていく祖母の言動を見て、母はとても困惑していた。
祖母は、夕方私が学校から帰って来ると、「今日は学校へ行かないの?早く行かないと。」と言ってランドセルを背負わせようとする。茶碗や箸も持てなくなるし、トイレも間にあわなくなる。
祖母は私よりとても強くて元気なはずだった。朝からごはんを作り洗濯や掃除をし、家事をしっかりこなしていた。私が風邪をひけば献身的に看病してくれた。
いわゆる育ててもらっていたのだ。そうゆう事はずっとこのまま永遠に続くと思っていた。
それなのに、今は小学生の私よりも弱い。病気になるという事はこうゆう事なのか?老いとはこうゆう事なのか?私が子供なりに漠然と理解した瞬間だった。
いつかは逆転する時がくる。祖母だけじゃなく、たよりにしていた父や母も老いていくのだと分かり、その結末が死だという事を理解した。
どんなに元気でもいつかは訪れる死。祖母だって誰だっていつかは死ぬ。
でも、それがせめて、今で無い事を必死で願った。
祖母の病気は原因が分かり、入院して手術をし無事病気は完治した。完治するまでは長い時間がかかったし、片方の耳の聴力は失ったけど、認知症やアルツハイマーではなかっただけ良かった。
その出来事が私の考えを大きく変えた。もし、両親が寝たきりになったら、認知症になったら、介護が必要な状態になるという事は十分考えられた。
看るのは私一人。責任重大だ。今のままでは全く何も分からない。
そして高校は福祉科へ行こうと決めた。
もともと勉強(5科目)は大嫌いだったし、全くやる気が無かった。普通科に行って受験勉強をし大学に進学し、大学に行ってまで勉強する?寒気がした。
福祉科へ入ると実習がある。実際に老人ホームや介護施設などで実践をするのだ。
実習中に担任の先生が見回りに来た。私を見てこう言った。
先生「授業中とは全く違う顔してんな〜」私「え?!どうゆう顔ですか?」
先生「授業中は死んだ魚みたいな目してるじゃん。今は生き生きしてる。海で泳いでる魚の目だな。」
私「結局魚かよっ!!」先生「あはははは」
この時の『授業中は死んだ魚みたいな目』というのは実は福祉科というのは5科目はもちろんあって、5科目+体育、家庭科などその他の授業に付け加えて介護や医療、社会福祉、心理学など多くの授業が組み込まれていた。最後に国家試験を受けるので1日7時間授業という超ハードスケジュールだったのだ。
勉強したく無いと思っていたのに、中学以上に勉強しなといけないハメになった。(*´д`*)トホホ・・
とにかく何でもいいけど勉強(5科目)が嫌いなので、勉強とは全く関係無い事を仕事にしようと思っていた。とにかく頭を使わない仕事・・・実技だ!!実際に何か体を使ってやったり作ったりする事の方が良かった。
何か身に付く事を勉強して仕事にしたかった。(実際はそれらも頭を使う事がのちのち判明。)
Σ(||゚Д゚)ガーン
結局はその後行った服飾専門学校の方の仕事についたのだが、ファッションデザイナーになれる自信は全く無かったので「無理なら介護職しよ〜っと。」という保険的な意味もあった。
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この本の内容は読めば分かるので、私の子供の頃の事を書いてみた。
いわゆるこの本の内容はそうゆう事だ。
何処にでもいる様な夫婦が又は親子が、老いによってだんだん普段通りの生活ができなくなっていく。老いだけでは無い、病気が原因の事もある。
始めは何だか分からず困惑する。何の病気かはっきりするまでにかなり時間がかかるのだ。
最終的によく分からないまま放っとく家族も多いと思う。
今までできていた事ができなくなる。介護なんてやった事ない人がほとんどだから家族は困惑する。
たまたま長門南田夫妻は俳優であり女優であった。だからテレビにも映したし、本も出した。一般人にはできない長門夫妻なりの芸能人としての生き様だと思う。
やはり老いてもプロなのだ。長門さんは舞台に出ていた為、妻の最後を看とれなかった。
でもそれは始めから決めていた事なんだと思う。だからこそ最後までの時間をこんなにも一生懸命過ごして来たのだ。プロだった事を後悔しないように・・
仕事をこなし介護もこなしてきた長門さん、本当に頭が下がる。
最後に、わざわざ付け加えなくても良い様な話なんですが、ちょっと面白かったので付け加えようと思います。
ピエール瀧のHPに掲載されている瀧のブログ「ピエール瀧はどんぐりおじさん」に書かれていた内容を抜粋。↓
皆さんは人生において『おじさん』の次に何が待っていると思いますか?おじいさん?う〜ん、それはそうなんですが、ちょっと違います。その答えは『おばさん』です。
人間、年を取って行くとだんだん性別の差異が少なくなってきます。大体60歳を過ぎたあたりから、男性の場合は体力が減少して体躯が細くなり、小さい事にウジウジするようになり、迫力がみるみる減って行きます。
女性の場合は“お肌”などとは呼べない地面の様なプリミティブな外観になり、ファッションからは遠ざかり、奥ゆかしさを捨て去ってどんどん豪快になっていきます。
要するに人間は年齢と共に、おじさんは『おばさん化』し、おばさんは『おじさん化』して性別が消滅してしまうという訳です。この性別が消滅した状況を仮に『おぞさん』と呼ぶ事にしましょう。
これ読んで笑ってしまいました。
確かにそうなんですよ!!
「おぞさん」なるほ〜。(笑)































どれも絶対に外れない様にできているんでしょう。「そうだよね・・船乗りはこれらを熟知していないとなれないよね・・」などと感心しながら見てました。命がかかってますからね。









































